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京都地方裁判所 昭和32年(つ)1号 判決

請求人 武井利広 外一名

★ 決定

(請求人氏名略)

右両名がした京都地方裁判所昭和三二年(つ)第一号付審判請求事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件請求を棄却する。

理由

第一、本件請求の要旨

一、被疑者中田慎一は、高松地方検察庁次席検事として犯罪捜査の職務権限を有し、その職務を担当していたが、請求人等の実父武井友之介が同庁勤務検事大坪憲三外一名を公務員職権濫用で、高松地方裁判所判事熊野一良外三名を収賄で、高松地方検察庁に告訴したところ、右中田検事が右各告訴事件の捜査に当り、昭和二九年一二月二七日いづれも公訴を提起しない処分をした。ところで、同検事は、武井友之助が刑事訴訟法第二六二条による付審判請求をさせない意図の下にこれら不起訴処分裁定書には、公訴を提起しない処分を口頭で告訴人に通知した旨を記載し、実際には告訴人に何等の右処分結果を通知することなく、そのため付審判請求の法定期間を徒過させ、もつて同検事は職権を濫用し告訴人の権利の行使を妨害し、

二、その後昭和三〇年四月三〇日告訴人は死亡したので請求人らは、昭和三二年二月二七日京都地方検察庁に、右中田検事を公務員職権濫用として告訴したところ、同検察庁検事服部光行は右告訴事件を捜査の上同年八月一七日公訴を提起しない処分をした。請求人らは、同月二一日その処分の通知をうけたが不服であるから刑事訴訟法第二六二条第一項により事件を裁判所の審判に付することを請求する。

第二、当裁判所の判断

一、請求人武井啓一の本件請求について、

本件記録編綴の告訴状と題する書面(京都地方検察庁昭和三二年二月二七日受理第一五二四号)の記載によると、同庁検事中田慎一を職権濫用で告訴した告訴人は、請求人武井利広であつて、同武井啓一は告訴人でないことが明らかである。そうすると、告訴人でない武井啓一は、右告訴事件について検察官の公訴を提起しない処分に不服があつても、刑事訴訟法第二六二条第一項によつて付審判の請求ができない筋合であるから、右武井啓一の本件請求は、この点で失当である。

二、請求人武井利広の本件請求について、

(一)本件記録及び取寄した被疑者大坪憲三外一名に対する公務員職権濫用被疑事件記録並びに被疑者熊野一良外三名に対する加重収賄被疑事件記録を精査すると、次のようなことが認められる。

(1)検事中田慎一は、昭和二七年八月一七日から、昭和三〇年五月三一日まで高松地方検察庁次席検事として同庁に勤務し、その後京都地方検察庁に配置換になつたこと。

(2)同検事が高松地方検察庁に勤務中である昭和二九年四月二一日請求人武井利広の実父武井友之介から告訴があり同庁に受理され、右告訴事件の主任検事として捜査を担当したこと。右告訴事件の内容は、当時同庁の検事であつた大坪憲三及び丸亀区検察庁副検事六車太郎を被告訴人とした公務員職権濫用被疑事実と、高松地方裁判所裁判官熊野一良、同裁判所丸亀支部裁判官野田侃四郎、同松永恒雄、同土橋忠一を被告訴人とした加重収賄被疑事実であつたこと。

(3)そこで、中田検事は、右各告訴事件捜査のため夫々の関係記録を取寄せる等して検討を加えたところ、それらの記録からは、いづれの被疑事実も肯認するに足る資料がなかつたので告訴人武井友之介を呼出したこと。その頃同告訴人は身体障害のため歩行が困難の状態にあつたので、同年九月二日代りに友之介の実子である武井利広、武井啓一の両名が出頭し、同検事の取調を受けたこと。その後同年の一〇月か一一月中に再度右両者は、同検事を訪ね、同検事に告訴事件はどうなつたかを尋ねたので、同検事は「君等の言つている事以外に証拠がなく君等の言つている事も推測に過ぎないから起訴できない。」と言つたところ、武井利広は、「証拠は薄いと思つていた。」とのべて辞去したこと。

(4)同検事は前項の捜査の外高松地方検察庁丸亀支部に嘱託し同支部検事田中泰仁をして、同年七月二四日被告訴人土橋忠一を取調べ調書を作成の上送付させ、被告訴人野田侃四郎から同年八月一〇日付状況書と題する書面、被告訴人松永恒雄から同年九月一〇日付陳述書と題する書面、被告訴人土橋忠一から同月二〇日付上申書と題する書面を各徴し、高松地方検察庁検事大野国光に同月七日被告訴人大坪憲三を取調べさせ、自分では同年一一月一三日被告訴人六車太郎を、同年一二月二五日裁判所事務官尾崎久夫を夫々取調べたこと。

(5)このようにして捜査をとげ、中田検事は、同年一二月二七日右各告訴事件を「嫌疑なし」で不起訴処分にし、同日検事正の決済をえ、不起訴処分書は、その後である昭和三〇年二月頃作成したこと、同処分書の作成にあたり、各告訴通知欄には、前記(3)のとおり、武井利広等が二回目に同検事を訪ねたとき、同人等に起訴ができないと告げておいたので、更に改めて通知する必要がないものと判断し、「口頭にて告訴人通知ずみ」として押印し、受命執行欄は空白にしておいたこと。

(二)  ところで、刑事訴訟法第二六〇条で検察官が告訴のあつた事件について公訴を提起しない処分をしたときは、速かにその旨を告訴人に通知することを検察官に義務づけているのは、告訴人が検察官の不起訴処分の当否を争つてする検察審査会に対する審査の申立(検察審査会法第二条)及び刑法第一九三条ないし第一九六条の公務員による人権蹂躙の罪について付審判請求(刑事訴訟法第二六二条)を夫々求める権利を保護し、検察官の起訴独占主義に対する控制に実効あらしめようとする点にも大きな理由があるのである。してみると、とりわけ後者の請求について刑事訴訟法第二六二条第二項で、不起訴処分の通知をうけた日から七日以内に請求書を提出することを規定していることと考え併せると、法は検察官の不起訴処分について書面による通知を要求していないから、口頭による通知も許されるが、その通知は確定的終局的であることが必要であると解すべきである。この観点から本件を見ると、(一)の(3)に認定した中田検事が、武井利広、武井啓一の両名に起訴できないと言つたのは、捜査官の捜査の見通しとしての見解をのべたものと見るのが相当であり、これが不起訴処分の通知と言えないことは両検事がその後も捜査を続け、その捜査をとげたうえ、昭和二九年一二月二七日最終的に不起訴処分にしていることが(一)の(4)(5)に認定した事実によつて明らかである。そうして、同日になされた不起訴の処分について同検事が告訴人に通知したことを認めるに足る証拠はない。そうすると結局同検事が告訴人に不起訴処分の通知を確定的終局的に何時したのか遂に明らかにすることができない。

(三)  しかし、このように中田検事が不起訴処分をしながら、その通知をしなかつたとしても、それは前説示の如く同検事が事前に既に口頭をもつて武井利広に告げていたので、その後不起訴処分をした際特に通知の必要なしと判断したことによるものであつて、請求人武井利広が主張するように特に同検事がわざと右通知をせず告訴人の付審判請求の法定期間を徒過させたという風に認めるに足る証拠は何処にもない。そうすると、同検事には、刑法第一九三条の職権濫用罪についてその犯意がないから、請求人が同検事を職権濫用罪で告訴し、同告訴事件について、京都地方検察庁検事服部光行が昭和三二年八月一七日「嫌疑なし」の不起訴処分にしたことは相当である。

三、以上の次第であるから、請求人両名の本件請求は、いづれも理由がないから刑事訴訟法第二六六条第一号により主文のとおり決定する。

(裁判官 山田近之助 北後陽三 古崎慶長)

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